ウォーヒン・ジャース 著




 初歩的な召喚魔法の実技の試験が終わると、偉大な賢者はヴォングルダクとタクシムの2人に「今日はこれまで」と告げた。しかし、午後の授業の間ずっとそわそわしていた2人は、座席から立たずに切り出した。

「試験のあと、あの書記と魔法の羽ペンの物語の続きを話してくださるとおっしゃいました」と、タクシムは言った。

「その書記は非常に孤独な暮らしをしていて、彼が書いた公報をめぐって神殿の秘書といがみ合ったり、あとクリムゾンの疫病のせいで話せないところまでは聞きました。その彼の伝令の少年が、羽ペンに妖精族というデイドラの魂を封じ込めた、その続きからです」とヴォングルダクが、賢者に思い出させようとした。

「私はこれから昼寝でもしようかと思っていたんだが。まあ、その話は魂の本性に関する問題でもあるし、ゆえに召喚魔法にも関係してくるのだからよかろう、続きを話そう」と、賢者は言った。

 タウーバッドがその羽ペンを使って神殿の公報を書き始めると、そこには少し内容に不釣合いな、ほとんど3次元的とも言える品質の文章が出現し、タウーバッドは大いに満足した。

 夜遅くまでかけて、タウーバッドはオリエル神殿の公告をまとめあげた。彼が妖精族の羽ペンを紙に走らせるや、公告はもはや芸術品と化した。金で豪華に飾り立てられているが、文体は美しく簡素で力強かった。最もありふれたアレッシアの教条を、大司教が型通りに話したものであるにも関わらず、説教の抜粋はまるで詩のようだった。神殿の主な後援者の2人の死亡記事は厳格かつ力強く、ごく平凡な死が涙を誘う世界的悲劇へと変化を遂げた。疲れ切って倒れそうになるまで、彼はその魔法のパレットに向かった。締め切り前日の朝6時、彼は公告をゴルゴスに渡し、神殿秘書のアルフィア宛に届けるように言った。

 予想はしていたがアルフィアからは賞賛の言葉も、とても早く公告を書き上げたことについての感想もなかった。どうでもいい。タウーバッドはこの公告が今まで神殿に貼り出された中でも最高の文書であることを知っていた。日曜の午後1時は、ゴルゴスは彼の元へたくさんの手紙を持ってきた。

「今日の公報は実にすばらしい。神殿のホールで読んでいて、お恥ずかしいことに、大粒の涙をこぼしてしまいました」と、大司教が書いていた。「これほどまでに美しくオリエルを誉めたたえるものを見たことがありません。ファーストホールド大聖堂も、この公告に比べればつまらないものです。ああ、ガラエルの再来とも思しき偉大な芸術家にひれ伏します」

 大司教は、ほかの多くの聖職者同様大げさに話す人物ではあったが、この賛辞にタウーバッドは大変気を良くした。手紙はほかにもたくさんあった。神殿の長老の全員が、老いも若きも合わせた33人の教区民が、誰が公告を書いたのか、彼に祝福の手紙を届けるのにはどうしたらよいかを調べるのに時間を使った。そして、その情報を知るただ一人の人物は、アルフィアだった。タウーバッドの想像の中で竜女になっている彼女は、口々にタウーバッドを賞賛する者に取り囲まれた。

 翌日、治癒師のテレミヒルとの約束のため船に乗った時も、まだ彼は上機嫌であった。そこの薬草医は新人で、美しいレッドガードの女だったが、タウーバッドが「私の名前はタウーバッド・フルジクです。11時にテレミヒルさんと約束をしています。病気のために声を出せないので、申し訳ないのですが会話は出来ません」と書いたメモを渡したあとでなお彼に話しかけようとした。

「まだ雨は降り始めていないかしら?」と彼女は陽気に聞いた。「占い師は降るかもと言っていたのだけれど」

 彼は顔をしかめて怒ったように顔を振った。どうして皆がみな、口の利けない人間は話しかけられるのが好きだと思うんだろう? 両腕を失った兵士が、ボールを投げられるのが好きだと思うか? その冷酷な振るまいが意図的でないことは明らかだが、彼は相手が本当は障害を持っていないことを証明するのが単純に好きな者もいるのではないかと思っていた。

 診察自体も定例の恐怖であった。テレミヒルが喋り続けている間中、タウーバッドはずっと拷問を受けているようなものだ。

「たまには話そうとしてみるべきだ。そうしないと良くなってるかどうかがわからないからね。人前で話すのが嫌だったら、1人で練習してもいいんだよ」そんな忠告を彼が聞くわけないと知りながらも、テレミヒルは言い続ける。「お風呂で歌ってみてごらん。思ったよりうまくいくかもしれない」

 結果を2―3週間後に受け取ることになり、診察は終わった。帰りの船の上で、彼は来週の神殿公報の構想を練り始めた。「先週の日曜の説法」の発表のページの縁取りは二重にしてみたらどうだろう? 説教を一段組みから二段組みにするのも新しいかもしれない。アルフィアから情報を受け取るまで手をつけられないのが、ほとんど耐えられないほどの苦しみとなってきた。

 アルフィアが情報を送ってきたときには、次のようなメモが添えられていた。「この前の公報はまあまあでした。次回は、“Fortunate”(幸運の)の代わりに“Fortuitous”(思いがけない)を使わないでください。調べればわかることですが、この2つは同義ではないです」

 その返事に、タウーバッドはもう少しでゴルゴスにひわいな言葉を叫んで、結果的にテレミヒルの勧めに従うことになるところだった。そうする代わりに、安ワインの一瓶を空け、適切な返信を書いて送り、そのまま床で眠り込んでしまった。

 翌朝、長風呂のあとで、彼は公報の仕事に取りかかった。「特別発表」の欄に少し影をつけてみるというアイディアは、文章全体に驚くべき効果をもたらした。彼が記事の区切り線に過剰な装飾を施すことをアルフィアは毛嫌いしていたが、しかし妖精族の羽ペンを使うと、それは不思議と力強く威厳さえもを漂わせるものとなった。

 まるで彼の考えに対する返事のように、ゴルゴスがアルフィアの手紙を携えてやって来た。タウーバッドがその手紙を開けると、そこには一言「ごめんなさい」と書かれていた。

 彼は仕事を続けた。彼はもうアルフィアの手紙のことを忘れていたが、きっと全体としては「今まで誰も、右側と左側の余白を同じだけ取るように伝えていなくてごめんなさい」、または「公報の書記として変わった老人ではない誰かを雇えなくてごめんなさい」などと書きたかったのであろう。彼女が何に対して謝っているかはどうでもよかった。説教の注釈の欄から上に伸びる縦の線は、まるでバラの柱のようで、惜しげもなく飾り立てられた見出しを冠していた。死亡欄と誕生欄は円形の縁飾りでともに囲まれており、人生の環を感じさせ、心を打つものとなった。彼の公報は、暖かみを感じさせると同時に前衛的であった。まさに傑作である。その日の午後遅く、彼はアルフィアへ公報を届けさせた。彼女がそれを気に入らないであろうことは分かっていたが、それでも彼は満足だった。

 土曜に神殿から手紙が届いてタウーバッドは驚いた。中身を読む前に、形式から判断してアルフィアからのものではないと分かった。筆跡はいつものアルフィアの敵意のこもった激しいものではなく、オブリビオンからの叫びのように見える、全部大文字で書かれたものでもなかった。

「タウーバッド様。アルフィアが神殿を去ったことをお知らせしなければなりません。昨日、唐突に彼女は辞職しました。私はヴァンダーシルと申します。幸運にも(こういうのも失礼ですが)代わって私が新しく神殿の連絡役を務めることになりました。あなたの才能には感服しております。先週の公報を読むまで、私は信仰の危機に立たされていました。今週の公報はまったく奇跡です。本当です。あなたと共に仕事ができて光栄です。--ヴァンダーシル」

 日曜日の礼拝後の反響は、さらに彼を驚かせた。参加者と御布施が異常に増えたのは、すべて公報のお陰であると大司教は考えた。彼の報酬は今までの4倍になった。ゴルゴスは彼の才能を称える人たちからの手紙を120通以上持ってきた。

 翌週、良質なトルヴァリ産のはちみつ酒のグラスを片手に、机の前に座って、空白の巻物をじっと見ていた。アイディアが浮かばないのである。彼の子供、または第二の妻ともいえるような公報に飽きてきたのだ。大司教の三流の説教なんて神への冒涜もいいところだ。神殿の後継者が死んだとか生まれたとかいうのも退屈すぎる。くだらない、くだらない。そんな言葉をページに走り書きをしながら、彼は考えていた。

 彼には「く・だ・ら・な・い、く・だ・ら・な・い」と書いている自覚があったが、巻物に現れた言葉は「白い首に巻かれた真珠のネックレス」だった。

 次に用紙いっぱいにギザギザの線で殴り書きしてみた。なんとその美しい妖精族の羽ペンが綴った言葉は「オリエルに賛美を」だった。

 タウーバッドはその羽ペンを投げ出したが、インクの流れは詩的な文句を綴った。彼はインクを飛び散らせながら紙中に殴り書きをしたが、この上もなく素晴らしい言葉がさまざまな形で現れた。インクの染みやはねは、華麗な非対称で飛び散ると、文章を万華鏡のように回転させた。もはや公報は彼の手でだめにすることはできないのだ。仕事は妖精族の羽ペンに引き継がれた。彼は作者ではなく、読者になった。

「さて」偉大な賢者は尋ねた。「君たちの召喚魔法の知識によると、妖精族とは一体何者か?」

「その後どうなったのですか?」と、ヴォングルダクが叫んだ。

「まずは、私の質問に答えなさい。それから話を続けよう」

「デイドラだとおっしゃっていましたよね」と、タクシムは言った。「それに、芸術家の技巧を持ち合わせているようです。アズラの従僕でしょうか?」

「しかしあの書記はすべてを想像していたのかもしれませんね」とヴォングルダクは言った。「きっと、妖精族はシェオゴラスの従僕でしょう。だから彼はおかしくなってしまった。あるいは、その羽ペンで書いたものを見ると、オリエル神殿の信者のようにおかしくなってしまうのでは」

「復讐を司るのはボエシア・・・」と、タクシムは考え込んでいた。しかしすぐ微笑んで「妖精族は醜いクラヴィカスの従僕ですね?」と言った。



「大正解。どうしてわかったのだね?」と、賢者は言った。

「これは彼のやり方だからです。書記は羽ペンの力をもう望まなくなったのですね。それからどうなったのですか?」と、タクシムは言った。

「それはだな」と言って、偉大な賢者は物語を続けた。