ブリスティン・シェル 著




 2日間、家のヒーラーたちがベッドに寝ているテイの看病をした。ベイナラも彼の手をにぎって付き添った。テイは熱があった。寝ているわけでも、起きているわけでもなく、ただ彼にしか見えない幻影に向かって叫んでいた。ヒーラーたちはこの若者の強靭さを称えた。とりわけ戦争中には、ゴーンの浜に死体が打ち上げられる事がままあったが、その後も生き長らえている者を見るのは初めてだった。


 たびたび叔母のユリアがベイナラに食事を届けにきた。「休まないと体に毒ですよ。でないと彼が良くなった時に、今度はあなたの看病をしなきゃいけなくなる」


 熱が下がり、ようやく目を開けた時、テイの目の前には人生の最初の1年をのぞく17年間を一緒に過ごした若い女性がいた。彼女は微笑みかけて食事を届けさせると、黙って食べさせてやった。


「あなたは死なないと思ってたわ、テイ」彼女が優しく囁いた。


「できれば死にたかったけど、やっぱり無理だったみたいだ」テイはうめいた。「ベイナラ、僕が前にした悪夢の話を覚えているかい? あれはみんな真実なんだ」


「話なら、回復してからゆっくり聞くわ」


「駄目だ」テイはしわがれ声で言った。「今すべてを話さなきゃ。君に、いとこと呼ぶ男がどんな怪物か知ってもらいたい。もし僕の正体を知っていたら、こんなに熱心に看病などしてくれなかったはずだ」


 ベイナラの頬を涙が伝っていく。テイがモーンホールドへ発ってからの数ヶ月で、彼女は美しい女性に成長していた。「あなたが何をしようと、あなたへの愛は変わらないわ」


「乳母のエディバに会った。彼女と話したんだ」


「そう」ベイナラはこの時が来るのを恐れていた。「テイ・・・ 彼女が何を言ったか知らないけど、全部私がいけないの。キーナ・ギャフリシがダゴス家の事を教えてくれたでしょう? あの一族がどれほど堕落していたかを。あの晩、あなたの乳母が北側の芝生で何かの儀式を行っているのを見たの。第六の家の紋章を使っていたわ。きっと何年間も続けていたんだと思う。ただ、私には意味が分からなくて、叔父のトリフィスに話したら、彼女は島から追放されてしまった。今まで何度も話そうと思ったけど、怖かったの。彼女はあなたを心から愛していたから」


 テイが微笑む。「だったら彼女の僕への献身と、あの忌まわしき一族への献身との間にどんなつながりがあるのか、その事を考えるのはもっと恐ろしかったろうね。分かってるんだ、ベイナラ。君は他の女たちと違って頭が切れるから」


「テイ、何を言ったのであれ、彼女はもうおかしかったのよ。彼女があなたや第六の家についてどう考えようと、それはすべて間違いだったの。いいわね。頭のおかしい一人の老婆のたわ言なんて、何の証拠にもならないわ」


「まだある」テイはため息まじりに手を差し出した。そして一瞬目をしばたいてから、怒りの表情でベイナラに向き直った。「僕の指輪はどうした? あれを見たなら、僕の話は真実だってとっくに分かってたはずだぞ!」


「あの汚れた指輪なら捨てたわ」ベイナラは立ち上がった。「今はゆっくり休んで、テイ」


「僕はダゴス家の跡取りなんだ」テイが目を見開き、ほとんど叫ぶように言った。「戦争のあと、インドリル家の息子として育てられた。けど、先祖の歌が僕を駆り立てた。子供の頃、僕はヴァスターを殺した。歌が言ったんだ。あいつが僕の遺産を盗んだって。エディバには僕の正体を教わり、あの指輪をもらった。僕は彼女を殺して家を焼き払った。歌が、彼女は使命を果たしたと言ったから。それからカルコリスの家に戻ると、僕を待っていた恋人が、自分もダゴス家の生き残りだと告げた。僕の姉だと。僕は逃げた。カルコリスも、僕を止めようとしたから殺した。歌が敵だと言ったんだ」


「やめて、テイ」ベイナラが泣きじゃくって言った。「そんな話は信じないわ。あなたはただ熱に浮かされているだけ・・・」


「テイじゃない」彼は首を振り、息巻いて言った。「僕の両親が付けてくれた名前はダゴス・タイソンだ」


「あなたにエディバを殺せるはずがない。彼女を愛してたのに。それにヴァスターとカルコリスは、あなたのいとこじゃないの!」


「本当のいとこじゃない」テイは冷たく言った。「歌は、彼らは敵だと言った。今は君も敵だと言ってるけど、とりあえず無視してる。ただ・・・ すっと無視できるかは分からない」


 ベイナラは逃げるように部屋を出て、勢いよく扉を閉めた。そして呆然とする女中のヒリマから鍵をもぎ取り、施錠した。


「インドリル・ベイナラ様」ヒリマが深い同情を込めて囁いた。「御いとこのインドリル・テイ様は大丈夫でしょうか?」


「休めば完全に回復するわ」ベイナラは威厳を取り戻して言った。「何があっても、彼を起こしては駄目。鍵は私が預かっておくわ。さて、やる事を片付けてしまわないと。サンディル家の食料補充の件で、誰かもう漁師さんと話したかしら?」


「どうでしょう、セルジョ」女中が言う。「おそらくまだかと」


 ベイナラは速足で港へと向かった。ざわめく心を落ち着かせる、彼女が知っている唯一の方法は、細々とした雑事に集中することだった。テイの言葉が頭にずっと引っかかっていたが、漁師と漁獲量について話し、どれくらいをくん製にして、どれくらいを村へ送り、どれくらいを家の食料貯蔵庫へ配達するか考える間だけは気を紛らすことができた。


 叔母のユリアも、ベイナラの巧みに隠された苦悩など知るよしもなく、会話に加わった。そして一緒に、叔父のトリフィスと彼の指揮官たちが島での数週間でどれくらいの食料を消費したのか、彼らがいつ戻るのか、それにどう備えるのかといった事を話し合った。その時、2人の会話を遮って、港にいる漁師が叫んだ。


「船が来るぞ!」


 船が着くと、ユリアとベイナラは訪問者を温かく迎え入れた。聖堂の女司祭のローブに身を包んだ、若い女性だった。その小船が港に入った時、ベイナラは彼女の美貌に驚くと同時に、奇妙な親近感を覚えた。


「ゴーン島へようこそ」ベイナラが言う。「私はインドリル・ベイナラ。こちらは叔母のインドリル・ユリア。以前どこかでお会いしましたでしょうか?」


「いえ、初めてかと」女性が会釈する。「実は御いとこのインドリル・テイから報せは届いていないかと、聖堂の使いで参りました。テイはここ数日授業を欠席しており、司祭たちが大変心配しております」


「あら、それはお手間を取らせてしまって」ユリアが慌てて言う。「テイは数日前から島におります。危うく溺れ死ぬところでしたが、今は回復しておりますわ。家までご案内しましょう」


「しかし、テイは今眠っているところ。従者たちにも部屋へは誰も入れるなと命じてありますし・・・」ベイナラは口ごもった。「すみません、ぶしつけとは存じますが、少し叔母と話をさせてくださいませ。もし差し支えなければ、当家で我々をお待ちいただけませんか? 丘を越えて芝地を抜けるだけの一本道ですし」


 女司祭は控えめに会釈し、歩き出した。ユリアはあきれ返っている。


「聖堂からの使者にあの態度はないでしょう」ユリアがぴしゃりと言う。「いとこの看病に疲れるあまり礼節を失ってしまうとは、実に嘆かわしい」


「ユリア叔母様」ベイナラが小声で言った。漁師たちに聞かれぬよう、彼女をぐいと引っ張り寄せて。「テイは私のいとこなのですよね? 彼は自分が・・・ ダゴス家の者だと信じています」


 ユリアはためらって答えた。「それは事実です。戦争中はまだほんの赤ん坊だったあなたに、理解しろと言っても無理なことでしょう。あの戦争で壊滅を逃れたモロウウィンドの地域はなく、戦火はこの島にすら及びました。何年も前に、あなたとテイ、それに哀れなヴァスターが見つけた、焼け焦げたがらくたの山を覚えていますか? あれがその残骸です。戦争後、あの忌まわしき一族がついに敗北した時、私たちは罪なき孤児たちを発見しました。彼らが犯した唯一の罪は、邪悪な両親の下に生まれてしまったということだけ。確かに五大家の連合軍の中には、彼らを皆殺しにし、ダゴスの血を根絶やしにすべきだという意見もありました。しかし、最終的には同情が勝り、第六の家の子供たちは残りの五家の養子となりました。こうして我々は戦争に勝ち、平和を手にしたのです」


「母よ、主よ、魔術師よ、テイの話がすべて本当なら、まだ戦争は続いています」ベイナラが身震いして言った。「彼は先祖の歌に命じられ、3人を殺したと言っています。そのうちの2人は我がインドリル家の者。いとこのカルコリスと・・・ まだ幼い子供だったヴァスターです」


 ユリアは涙に濡れた顔を両手で覆い、言葉を失った。


「しかもそれはまだ始まったなかり」ベイナラは言った。「歌は今も彼を呼んでいます。テイが言うには、他にも真実を知り、第六の家の再興に手を貸す者がいるとか。彼の姉が・・・」


「それは愚かな幻想です」そうつぶやいたユリアは、ベイナラが港から家へと向かう道に目を凝らしていることに気づいた。「何を考えているのです、ベイナラ?」


「あの女司祭、名乗ったでしょうか?」


 2人は道を駆け出し、衛兵たちを呼んだ。これほど取り乱した家の女たちを見た事がなかった漁師たちは一瞬、互いに顔を見合わせてから、すぐに剣や斧を引っ張り出してあとを追った。


 サンディル邸の正門は大きく開け放たれ、入ってすぐのところに最初の死体が転がっていた。その先は血塗られた虐殺の庭と化していた。玄関に入ると、叔父のトリフィスのいとこのアネルが、テーブルに着いたまま腹をえぐられていた。午後の一杯のフリンを楽しんでいる最中に殺されたようだった。階段には家政婦のレリーンの首のない死体が転がっていた。かつては清潔だったはずのシーツを手にしたまま。風に飛ばされた枯葉のように、ホールのあちこちで衛兵や召使たちが大の字に倒れて死んでいた。階段を駆け上がったベイナラは、必死に涙をこらえた。ヒルマが壊れた人形のように転がっていた。狭い窓枠の上に逃れようとしたところを惨殺されたのだろう。


 皆黙っていた。ベイナラも、叔母のユリアも、漁師たちも。彼らはのろのろと、血の海と化した家の中を進んでいった。テイの病室の前を通りがかると、扉が開いていた。中には誰もいない。廊下の奥にあるベイナラの部屋から足音が響いた。恐怖に飲み込まれそうになりながらも、彼らはゆっくりと、用心深く近づいていった。


 ベッドの脇に、港で出会った女司祭が立っていた。その手には、ベイナラがテイの指から奪ったはずの銀の指輪があった。もう一方の手には曲刀が握られ、先ほどは染みひとつなかった彼女の法衣同様に、血と肉片がべっとりこびりついていた。ベイナラたちに気づいて、女が微笑みながらお辞儀をした。


「アクラね。テイの手紙に書いてあった容姿から、気づくべきだった」ベイナラは努めて冷静な声で言った。「私のいとこはどこ?」


「ダゴス・アクラと呼んでもらいたいものね」彼女が答えた。「あなたの偽りのいとこ、私の真の弟はすでにもう、自らの使命を果たさんと旅立ったわ。気が利かなくてごめんなさい。あの子もあなたに今生のお別れを言いたかったと思う」


 ベイナラの顔が怒りに歪んだ。武器を手にした漁師たちが、彼女の合図に前進する。「八つ裂きにして」


「第六の家は復活する! ダゴス・タイソンが我々をお導きになる!」アクラが笑った。そしてリコールの印を結ぶと、その声がまだこだまする中、亡霊のように姿を消した。