ブリスティン・シェル 著




 沈む夕日を浴びて、壮麗なるインドラニオン砦は赤く輝いていた。隊列を南西へと率いながら、ヤズラット指揮官は地平線の彼方へゆっくり消えていく夕陽を眺めていた。ヤズラットが夜間作戦の指揮を執るのは珍しかったが、彼が今直面している様々な事に比べたら奇妙でも何でもない。ボズマーの感覚で言えば、彼はまだ若干70歳。ほんのひよっこなのだが、それでも自分が別の時代に来てしまったように感じていた。


 東ヴァーデンフェルの事なら、ヤズラットが生まれた時からよく知っていた。レッドマウンテンと亡霊の海の間にあるすべての森、庭、小さな村が彼にとっての故郷だった。だが、今はまるで別の場所だ。あの噴火と、1年続いた太陽の死以来、彼の知らない世界へと歪められてしまった。そのせいで夜の行軍ははるかに危険が増していたが、その危険を引き受けろというのが今回の指令だった。


 やにわに灰の沼が現れた。抜け目ない偵察兵がそれに気づかずに警告していなかったら、隊列全体が沼に飲み込まれていたところだ。ヤズラットは悪態をついた。地図には書かれていなかったが、驚くには値しない。


 大地に穿たれた名も無き傷が地平線の向こうまで伸びていた。指揮官は選択を迫られていた。南東のテル・アルンを経由して西へ向かうべきか・・・ そうして地図とにらみ合っていると、遠くにたき火の灯がかすかに見えた。ヤズラットはアシュランダーとおぼしき男女を取り調べるため、副官たちを従えて光の方角へとグアルを駆った。


「ここはもはやお前らの土地ではない」彼は怒鳴った。「聖堂により、今は五大家の領地と定められた事を知らないのか?」


 男女はもぞもぞと立ち上がり、灰の沼と丘の間にある尾根の方へ向かって静かに歩き出した。ヤズラットが2人を呼びとめる。


「この地割れを迂回する道はあるか?」ヤズラットは尋ねた。下を向いたまま、2人がうなずく。ヤズラットは隊列の方を指して言った。「では案内してもらおう」


 そこはグアルですらやっと通れるくらいの、曲がりくねった危険な道だった。御者がぬかるみを避けようと手綱を引くたび、荷車同士がこすれ合った。アシュランダーの男女は隊列を先導しつつ、何かひそひそつぶやき合っていた。「何をこそこそ話しているのだ!」ヤズラットはがなった。


 振り向きもせずに男が言った。「姉とダゴスの反乱について話していました。姉は、あなたがファレンサラーノの砦まで武器を運んでいる途中で、だから街道を使わずに沼地を突っ切る道を選択したのだと考えております」


「やはりそんな事か」ヤズラットが笑った。「お前らアシュランダーは五大家や聖堂に何か問題の兆しありと見るや、急に大きな期待を抱く。がっかりさせてすまないが、お前たちが話している件は反乱には程遠いものだ。単なる突発的な・・・ 小競り合いだよ。姉にそう伝えろ」


 一行がのろのろ進むうちに、狭い尾根がさらに細まってきた。アシュランダーたちが斜面にぎざぎざと開いた、浅い裂け目を見つけた。太陽の死よりも前に、流れ出る溶岩が地面に穿った穴だった。一行が狭い岩壁の間を強引に抜けようとした時、自分の理解の及ばぬ不確かな土地で20年過ごしてきたヤズラット指揮官は一瞬、かつての本能がうずくのを感じた。彼は思った――こいつは待ち伏せにぴったりな場所だぞ。


「あとどれくらいだ、アシュランダー?」彼は叫んだ。


「着きましたよ」ダゴス・タイソンは答えると同時に合図を出した。


 最初から計算ずくの襲撃はわずか10分で終わった。最後の衛兵の死体が沼に沈み、ようやく荷車の積荷の内容が明らかになった。2人が思っていた以上の収穫だった。反乱に必要なものがすべて揃っていた。デイドラの剣に大量の鎧、上質な黒檀の矢、そして数週間分の食料。


「キャンプへ向かおう」タイソンが姉に微笑んだ。「荷車は僕が引っ張っていく。数時間以内には着けるはずだ」


 アクラは彼に熱い口づけをし、リコールの印を結んだ。一瞬のち、彼女は自分のテントに戻っていた。何も異常は見られない。アクラはあの歌をハミングしながら、アシュランダーのぼろ服を脱ぎ、この場にふさわしい薄手のガウンをトランクから取り出した。タイソンが戻った時に着ていたら喜びそうなガウンを。


「ミュオラサ!」アクラが従者に命じた。「隊を招集せよ! じきにタイソンたちが必要な武器と食料を携えて戻ってくる!」


「あなたの声はもうミュオラサに届かない」アクラが数週間ぶりに聞く声だった。彼女はその顔から驚きを巧みに消し去って振り向いた。それは確かにインドリル・ベイナラだった。だが、サンディル家の虐殺の最後に見たような、ぶるぶる怯える子猫ではない。このベイナラは鎧を着けた戦士で、たとえ見せかけだけであれ自信たっぷりに話した。「たとえ生きていても、今のミュオラサには隊を招集する事など不可能でしょうけど。武器や食料が手に入っても、与える兵がひとりも残っていなければね」


 ダゴス・アクラはリコールの印を結んだ。が、何も起きない。


「あなたがテントに戻ってきたのが聞こえたから、魔闘士にすべての魔法を霧散させる呪文を唱えさせたの」ベイナラは微笑み、テントをさらに開けて兵たちを招き入れた。「もう逃げられないわよ」


「弟がお前ごときの罠に落ちると思う? だとしたら、彼の歌への忠誠心を見くびっているわ」アクラがあざ笑って言った。「必要な事は、歌がすべて弟に伝えてくれる。今の弟はもう歌に抗ったりしない。歌の命ずるままに、我々を最終的な勝利へと導いてくれる」


「私は彼の幼馴染よ。あなたなんかよりずっと彼の事を知っている」ベイナラは冷静に言った。「それで、その歌は今あなたに何て言っているの? テイの居場所が知りたいんだけど」


「タイソンよ、お嬢さん」アクラが訂正する。「弟はもう、お前の家や聖堂の嘘の奴隷ではないの。私を拷問するなら、好きなだけどうぞ。けど、次にお前が弟と会うのは、弟がそう望んだ時よ。お前じゃなくてね。そしてその瞬間、お前の命は尽き果てる」


「案ずるな、セルジョ」ベイナラの処刑人が彼女にウインクした。「拷問には屈しないと言って、最後まで屈しなかった者はいない」


 ベイナラはテントを出た。これも戦いの一部とはいえ、拷問は見ていて楽しいものではない。家の兵たちが反逆者の死体を処分するのさえ見ていられなかった。何週間もかけてタイソンとアクラを追い、虐殺に虐殺を重ねるうちに、流血への免疫ができる事を期待していたが、甘かったようだ。その死体が敵のものであっても、彼女には関係がなかった。死はやはり死でしかない。


 自分のテントに戻ってから数分後、処刑人が姿を見せた。


「意外ともろかったですぜ、あの女」処刑人が笑った。「実のところ、私は彼女に優しくお願いして、彼女のお腹に短剣を突き立てただけですがね。それだけで洗いざらい吐きましたよ。まあ、驚くには値しませんが。大口を叩く奴ほど、折れる時はあっけないのものです。あれはそう、あなたがまだお生まれになる前の話ですが・・・」


「彼女は何と言ったの、ガルアン?」ベイナラが尋ねる。


「よく分かりませんが、歌が弟に教えたそうです。自分は捕まったからキャンプには戻るなと」最高に面白い話の腰を折られて少しむくれながら、処刑人は答えた。「奴は6人のエルフと共に、先の戦争でインドリル軍を率いた人物の暗殺を狙ってます。インドリル・トリフィス将軍の」


「トリフィス叔父さん」ベイナラは息を飲んだ。「叔父は今どこに?」


「さっぱりでさあ、セルジョ。あの女に聞いてみますか?」


「私も行きます」ベイナラは言った。アクラのテントへ近づくと、ただならぬ悲鳴が聞こえた。確認する前から状況は明らかだった。3人の衛兵が殺され、捕虜が脱走していた。


「面白い女ですな」ガルアンは言った。「心は弱いが腕は立つ。インドリル・トリフィス将軍に警告すべきでは?」


「居場所が分かればね。間に合えばいいけど」ベイナラは言った。